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May 01, 2010

上海万博に行こうなどという気はサラサラないが

noboru_kisaragi

上海万博に行こうなどという気はサラサラない、でも台湾台北とか韓国ソウルと比べて、万博開催前でも1万円くらい高かった、万博開催でたくさんホテルを作ったハズである、1、2月は緯度が鹿児島と同じなのに東京以上に寒いらしいが、12月の開催終了直後のツアー料金がいくらになるのか興味がある。

中国は広大である、ハルピンのあるロシア国境に近い黒龍江省、北朝鮮に近い瀋陽がある吉林省など、旧満州と言われた東北部、政治の中心北京、三国志の諸葛孔明で有名な蜀の都・成都の四川省、既に西域に属する新疆とチベットなどなどなど、その中で最も見逃せないのはやはり何と言っても上海だと思う。

人気ランキングはどうなっているんだろう?

上海は昔魔都と呼ばれたトコである、松坂慶子さんの舞台だったと思うが、上海バンスキングなんいうお芝居があった、アヘン戦争後の租界時代の話しだろうか?今はバンドと呼ばれる黄浦江西の租界時代の中心地の旧市街と、浦東と呼ばれる森ビルの金融センターがある新市街に二分されるようである。

聞くところによると旧市街バンド地域でも昔(僅か数年前...)の面影はないらしい、我々以下の世代はいやおうなしに彼らと付き合い、彼らを顧客にして自分たちの生活を支える必要がある、そのためにはまず現場を見に行かなくてはいけない、特に現在30歳以下の若者は必見ではないかと思うのだ。

《追記》
松坂慶子さんの「上海バンスキング」は映画のようで、舞台は吉田日出子さんの代表作なんですね、亡くなられたいかりや長介と共演した「ヴィクター・ヴィクトリア」と混同してしまいました。

上海万博に行っても中国館、アメリカ館、日本館などは人気で何と4時間待ちらしい、1日でこれら3館全部を回ることは不可能、そして会期は10月末までだけど、鹿児島と同じ緯度で夏には灼熱の大地となるらしい、これから上海万博見学を計画しても、ほとんど観れず日射病に罹って帰国する悪寒がする。

昔親が日帰り(宿が取れなかった)で大阪万博に連れて行ってくれたらしい、当時の記念写真が残っているから間違いないw、アメリカ館の月の石を観るのに数時間並び、物凄い混雑で大きな展示館は他に日本館くらいで、アジア・アフリカの中小パビリオンを中心に回り、昼食がド高くてビックリしたとか。

親が後に曰く「連れてってとせがんだのはお前だ、朝一番の新幹線に乗り、大阪千里の万博会場には朝の10時に着いた、約束の月の石を観た後も炎天下を何時間も歩き回り、夜の新幹線に乗って帰り、家に着いたのは深夜だった、なのにお前はまた覚えが無いと言うのか。」、もも申し訳ございません。

このとき新幹線は東京~新大阪間を今の2時間半ではなく、たぶん3時間10分かかって走っていたのだと思う、間違いなくボクの新幹線初体験である、現在万博記念公園がある千里中央から新大阪~大阪梅田~なんば~中もずへと通じる、地下鉄の御堂筋線はもしかすると万博のときに出来たのかもしれない。

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Comments

上海バンスキングの舞台、かなり前に見ました。そのときは吉田日出子でした。
中国がこのまま矛盾を抱えたまま共産党国家として進んでいけるとは思えません。どこかで弾けるでしょうね。オオコワ

Posted by: さなえ | May 01, 2010 05:05 PM

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