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January 01, 2010

ボクの今年の抱負・決意あるいは死生観

さなえさんのトコに新年早々不躾にも程があるが、彼女の"夜明けの来ない夜はない"という言葉に対して、"人は自分が見ることがない夜明けがあることを、もとより知っております"と書いてしまったら、"それを言っちゃあおしまいだよということがいくつかございまして"と窘められた、まったくおっしゃる通りで返す言葉もない、しかし世の中にはこの事実を知らないように見える馬鹿が多過ぎる、見えると書いたのは薄々知っていても、そのことを無視してノホホンと生きている大馬鹿がいるからである。

人には朝元気に行って来るよと声をかけて出掛けた玄関に、もう二度と戻って来られないことがあるのだ、若者はその確率が極低くお年寄りはその確率が高いだけだ、人たるものそういうことがあることを知り、そうならないように最善の準備をし、仮にそうなっても我が人生に悔いなしと言いたいものである、そのことが無理であることは十分に承知しているが、少なくとも今後の行動について起こったことに対しては、悔いなしと言える行動を取りたい、それがボクの今年の抱負であり、決意でもある。

人気ランキングはどうなっているんだろう?

自分自身を鑑みるに、人の死に対して格別に悲しいという感情を持っていないかもしれない、20代前半でお袋を亡くし、親爺も30代でこの世から消えた、母方の祖父母はお袋が両親が高齢のときの子ということもあり、物心付いたときには既に物故していたが、父方の祖父は90歳近くまで元気で生きて、突然亡くなったのは親爺が旅立つ僅か数年前のことであり、祖母は息子より長生きをして、親爺の妹三人に看取られて天寿を全うした、ただ彼女は残念なことに...イヤ幸せと言ってヨイのかもしれないが、息子が先にこの世からいなくなったのを知ることはなかった。

親爺もお袋も先の戦争で殺されたと言ってヨイであろう、親爺の死はその死因を見れば、彼がシベリア抑留中に受けた、ロシアの原爆実験の影響であることは疑いのない事実だ、父系は長命の血統なので、そのことがなければ今でも健在でドヤシつけられたであろう、それはそれでご勘弁いただきたい(苦笑)が...お袋の若死にしても、戦後の医療事情が極端に悪いときに受けた輸血が原因と聞いている、彼女は死ぬまでの四半世紀そのことに苦しみ続けた、ボクがそのことを知ったのは亡くなる数年前のことである、ヤンチャばかりで申し訳ないと思っている。

ボクは両親が亡くなってからだと思うが、自分が死ぬことに対して恐いと思ったことはない、でも自分が死ぬときに苦しむことは心底恐い、そして何よりも恐いのは自分自身が自由に動き回れなくなることだ、今盛んに動画を撮っているのもそのことのあらわれかもしれない、親爺は写真を撮ることが大好きで、彼が撮った写真のネガは押入れにしまってある、親爺は静止画が好きだったがボクは動画だ、まあ親爺のときは今ほどビデオカメラが普及しておらす、大好きな祭りとか人の動きを、苦心して写真という瞬間の断面に押し込んでいたのかもしれない。

最後に少子高齢化で膨れ上がる医療費をどう配分するかを考えてみたい、ボクは自分の息子の死すらわからなくなった祖母を見て、こういう人たちを殺すなどということは言語道断であるが、無理な延命治療に医療保険を適用すべきではないと思った、お年寄りたちが願っているのは安らかな死ではないだろうか?少なくともボク自身が願うのはそのことである、終末医療にとんでもないカネがかかる聞くが、このカネを回すことで多くの幼い命が助かるのなら、そちらに回すべきであろう。

言葉を引用しておきながらトラックバックするのに気が引けるということがあるちゅうことがヨウわかった<(__)>、しかし叶わぬ望みかもしれないが、愛する人と二人でせめて75歳まで健康で動き回りたいと思うのだが、そんな人は世の中にどのくらいの確率でいるのであろうか?親爺は50代早々にそういう希望を失い、自身もその一回り後に早くも消えてしまったワケだが...

《追記》
三賀日も終わり明日から仕事だ、トラックバックしておこう。

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Comments

おやまあ、マルセルさんが躊躇することがあるとは(笑)。私は40代半ばに5年生存率50%を切る事態に直面し、遺言状も用意してありますし、壁には延命措置を拒否するとの宣言書に署名捺印して貼ってあります。子供が一人前になるまでは死ぬわけにいかないので(元亭は10年前に死亡してますから)、危ないことはせず、危ないところには行かず、慎重に命を大事に暮らしています。しかし、大病の後の周囲の風景の美しさ、新鮮さに、病気も悪い物ではないと思いましたよ。
まあ、高齢者の延命措置停止については裁判所も揺れていますが、無理な延命は本人にとっても、家族にとっても不幸ですので、当然、許される方向に進んでいき、近い将来には、延命措置に投じられる資金は他にまわるようになるはずです。

Posted by: さなえ | January 04, 2010 09:56 AM

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