遙かなりバイカル@8月15日敗戦の日の靖国神社
今日は64回目の敗戦の日だ、戦後誰が名前を付けたのか知らないが、敗戦という文字を終戦に替え、終戦記念日などとマイルドな言い方をして誤魔化す輩には腹が立つ、日本はアメリカという国に木っ端微塵されたのだ、このことをいつも忘れてはならない、何故あれほどみじめに負けたのか?東条英機を筆頭とする戦争の出口戦略すらなかった馬鹿どものせいだ。
●戦争に勝つ必要はないが負けてはならない@2009.08.17
★靖国神社で迎える64回目の敗戦の日2009.08.15(07:20)
●靖国神社のみたままつり~遊就館・ぼんぼり・ねぶた
★靖国神社のみたままつり~遊就館・ぼんぼり・ねぶた(10:58)
★靖国神社のみたままつり~青森のねぶた(10:57)
《追記》
●- 書評 - それでも、日本人は「戦争」を選んだby子飼弾
戦争は経済である、戦争時人はモノである、犬死ではなく単にモノが"消える"だけと仰っている、正にその通りだ、但し当時の日本政府首脳はこの本が言う世界最高の頭脳などではない、日本の悲劇は本当の戦争を起こせる"人財"が枯渇していたことだ。
地下鉄の九段下の駅からの道すがら、東条英機の写真と"我が国に「戦犯」は存在しないという"文字を書いた横断幕をぶら下げた連中がいたが、戦いに負けた武将は浅井長政とか石田三成のように首を斬られる運命にあり、正義不正義とは別のことである、そのことを忘れてはいけない、万が一日本が勝ったらヤルタ会談を開いた米英露の首脳を間違いなく斬首したであろう。
ボクが何故"遙かなりバイカル"と書いたのか...それはバイカル湖に近いシベリアの捕虜収容所で、抑留中に浴びたソ連の原爆実験の死の灰の影響で、70歳を迎えられずにこの世を去った親爺を想ってのことだ、親爺はソ連という国が嫌いだった、でもロシアの人たちのことは大好きだった、ベルリンの壁崩壊後政情が安定したら、バイカル湖をもう一度観たいと言っていた、そのことを息子として叶えられなかったのが返す返すも残念である。
しかし2009年8月15日...64回目の敗戦の日の靖国神社は厳かだった、煩い奴らがいたのは地下鉄の九段下駅から大鳥居までの極狭い一角だけだった、まあ煩いのは全部が全部じゃないけどネ、そして参拝も拝殿前に整然と僅かに10分強並んだだけだ、最前列が常に人が通れるように空けてあり、参拝に2時間近くかかった元旦の明治神宮のような無用な混乱もない、後は一部の馬鹿な宮司が決めてしまった、靖国神社に祀る必要のない東条英機らの合祀を止めれば済むことのように思う。
《追記》
ボクはあの戦争に勝てたハズだなどとは思っていない、当時の日本はアメリカの石油禁輸政策などで経済的に追い込まれ、残念ながら戦争以外で状況を打破する機会を失っていた、ボクの言う出口戦略とはアメリカに勝つことではなく、アメリカに石油禁輸政策を止めさせることだ、アメリカも戦争に四苦八苦していたのは、クリント・イーストウッド監督の「父親たちの星条旗」を観ればワカル、いかにアメリカを厭戦気分にさせるかです、日本は手強い敵にしたくないと思わせ和平に持ち込むで良かったのです。
《追記2》
> 世話焼き爺様コメントありがとうございます、アメリカはドイツの一部をソ連に取られたことで、日本のときは迅速に動きソ連の南下を阻みました、それで北海道が切り離されず日本は分裂を免れました、北東北も奪われる可能性があったやに聞きます、そのときに朝鮮半島の北半分が犠牲になり、朝鮮民族が分断され北朝鮮が出来た経緯があります、その北朝鮮が朝鮮戦争を切り抜けただけではなく、ソ連崩壊後も残っているのは歴史の皮肉ですね、我々は素直に韓国の方に頭を下げるトコだと思います。
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Comments
1945年の敗戦は、日本が明治維新で近代化と言う富国強兵政策を採用した時からビルトインされたと思います。アジア諸国は殆ど西洋諸国の植民地となり日本が独立を保つためには日清・日露の戦争は避けられなかったのです。後者は日英同盟のお陰もあって大陸では辛勝でしたが、日本海海戦では大英帝国も驚く完勝でした。結果的には黄禍論が欧米諸国を悩まし、被植民地国家の独立を応援したことは間違いなく、いずれ日本と言う国は叩き潰す対象となりました。ハルノートをもって最終判断を迫られて対英米戦争に突入しましたが、私は仮にここで妥協しても英米は日本を江戸時代の4島に押し込めるまで止めなかったでしょう。その前の日中戦争から含めて歴史に組み込まれた戦争だと考えます。
日本は負けるべくして負けましたが、その結果アジアの被植民地はすべて独立を得たことは事実で、そのことを以って日本の敗戦を卑下する必要はないと考えます。むしろルーズベルトにしてもチャーチルにしても、あの戦争に勝ったが、ソ連の防壁となっていた日独両国を敗戦に追い込んだせいで、東ヨーロッパ諸国がソ連の膝下におかれ、ルーズベルトが愛してやまなかった中華民国が共産党独裁国家に乗っ取られたことをもってして本当の敗戦国は英米だと考えます。
Posted by: 世話焼き爺 | August 16, 2009 09:46 PM
> クリント・イーストウッド監督の「父親たちの星条旗」を観ればワカル
|ルーズベルトが愛してやまなかった中華民国が共産党独裁国家に乗っ取られた
だから、日本は上手く立ち回れば・・・、つまり中国中心部への野心を見せずそして満州の権益を独り占めにしないでアメリカと共同経営する勇気と決断があれば、アメリカのパートナー国となり、戦後も友好国となったはずの蒋介石の中華民国に台湾は割譲しても、満州は独立した日本の友好国(、朝鮮半島がどうなっていたかは想像つかないが)、樺太や千島列島も日本の領土であったでしょう。(もちろん、アメリカとソ連の冷戦の最前線に、アメリカのパートナー国として日本は位置するわけですが)
Posted by: YYT | August 18, 2009 01:14 PM