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June 29, 2009

街の歴史:町田から先の小田急線沿線を巡る

Odakyu_0906_a00 街の歴史:町田から先の小田急線沿線を巡る...6月の後半に町田~相模大野~海老名~本厚木~大和~湘南台~藤沢と、小田急本線と江ノ島線の7駅の周辺を散策したワケです、快速急行電車が停まる駅で今回行っていないのは、箱根湯本・小田原へと向う本線の本厚木より先と、東急田園都市線の終点でもある江ノ島線の中央林間くらいです。

《街の歴史:町田から先の小田急線沿線を巡る》
再び小田急線快速急行電車に乗って町田に行く
繁華街以外の町田の風景:小田急線とJR横浜線(10:58)
小田急沿線風景:本厚木・海老名・町田@2009.06.18
町田...夕暮れの繁華街その1(10:58)その2(10:58)

この中で一番賑やかなのは何と言っても町田ですね、特に小田急線とJR横浜線で囲まれた一角は凄い!街の広さという点では藤沢でしょうか...賑わいは町田に劣りますが、南口だけでも回るのが大変で、これにさいか屋のある北口が加わります、商店街があるのが大和と本厚木で、特に大和の商店街はは賑やかです、相模大野と海老名そして湘南台には目ぼしい商店街がなく、相模大野は駅ビルと伊勢丹、海老名は東口駅前が美しく再開発されていますが、正直人の匂いは致しません。

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下記は相模大野~海老名~本厚木~大和~湘南台~藤沢の記事とその映像へのリンクです、駅周辺を中心に数時間散策しただけですので、駅周辺が中心街ではないトコはその賑わいを伝えていませんが、小田急線沿線と一口に言いますが、駅毎にその様子がまったく異なるのがわかります。

《小田原本線と江ノ島線の分岐駅:相模大野》
小田急線の駅ビルに囲まれた人工都市相模大野
小田急線の駅ビルに囲まれた人工都市相模大野(09:13)
再開発を間近に控えた相模大野の大野銀座商店街
再開発を間近に控えた相模大野の大野銀座商店街(02:54)
《小田原本線:海老名(相鉄線)と本厚木》
小田急沿線風景:本厚木・海老名・町田@2009.06.18
再開発された海老名(10:58)昼過ぎの本厚木(10:57)
平日昼過ぎの小田急線本厚木駅南口追加映像(02:23)

人工都市相模大野 再開発された海老名 昼過ぎの本厚木
Sagamiohno_0906_a00 Odakyu_0906_a03 Odakyu_0906_a01

例えば「街の歴史 海老名」で検索すると、海老名は国分寺が置かれたトコであることがわかりますが、再開発ですっかり変わってしまい、その原型を留めてはおりません、このことは大野銀座を再開発中の相模大野にも言えることです、街の個性化ではなく均質化が進んでいます、現代は知識社会と言われておりますが、その流れとは明らかに逆行しています。

《江ノ島線:大和 with 相鉄線》
小田急&相鉄線大和駅周辺散策~駅北東の商店街
小田急&相鉄線大和駅周辺散策~駅北東の商店街(10:54)
《江ノ島線:湘南台 with 相鉄いずみの線&地下鉄》
東西に分断された横浜のベッドタウン湘南台
東西に分断された横浜のベッドタウン湘南台(10:58)
《江ノ島線:藤沢 with JR東海道線》
JR東海道線・小田急・江ノ電の広大な藤沢駅周辺
JR東海道線小田急江ノ電藤沢駅周辺1(09:57)2(05:56)

賑やかな商店街の大和 東西に分断・湘南台 広大な藤沢
Yamato_0906_a00 Shonandai_0906_a00 Fujisawa_0906_a00

中村勘三郎翁は伝統と文化の継承は絶え間ない変革の中にあると仰っています、街もこのことの例外ではなく、繰り返される変革の中で生きて行くのですが、その街が刻んで来た歴史を捨て去るのではなく、そのことを包含しながらでないと前に進めないということを、あらためて知るべきだと思います。

老朽化したからと公共工事で古くからある商店街の雰囲気をすべて捨て去り、画一的なビルに建て替えるのは厳に謹んで戴きたいです、最近アニメを実写映画化した「三丁目の夕日」が流行り、昭和30年代のレトロな街が復活のブームのようですが、その一方で街を壊しそこに住んでいた、商売をしていたという人を捨て去るようでは、新しく街を造ってもお先真っ暗であります。

こう書くとアンタは大和の駅ビルを、場末と切って捨てたと言われるかもしれません、でもボクが場末と言ったのは、そこに勘三郎翁の言う絶え間ない変革が見えなかったからです、古き良きモノは残さねばなりませんが、古かろうが新しかろうが悪しきモノは捨て去り、奇抜なモノは公開してその動向を見ねばなりません、ぶっちゃけた話し街のおばちゃんの洋品店と、渋谷109のギャルファッションが同居してもヨイのです。

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Comments

4、5年前の桜の季節(GW)、20年以上を隔てて弘前を再訪しましたが、昔の面影が残っていたのは満開の桜で賑わう弘前城のなかだけ・・・、あとは東京の郊外の町とまったく変わりませんでした。

ショックだったなあ。素敵だった日本の佇まいがごっそりなくなっていたので。

だから、昔の町並みが残っていた角館に行ったとき、桜は散っていたけれど心がほんわかしました。

今の日本の町って、人間がデザインしたというよりコンピュータがデザインしたように思える町が増えています。(いや、増殖していると言ったほうが感覚にはあいます)

ま、これは海外も似たようなもので、スペインのバスク地方のリゾート地サン・セバスティアンも、バスクの香りが消え、メキシコのカンクーンみたいになっていました。

Posted by: YYT | June 29, 2009 01:31 PM

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