壁と卵...村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチ
クリントン国務長官が来日している、旦那様と一緒ではないようだ、そんな中作家の村上春樹さんが、エルサレム賞というイスラエルの文学賞の受賞式で、壁と卵という比喩でイスラエルのガザ攻撃を批難するスピーチを行った、ここで彼の言う"壁"とはエルサレムにある、ユダヤ教の聖地・嘆きの壁の暗喩でもあるのだろう、ニュース映像をみると授賞式ではペレス大統領が村上さんの隣りに座っている、受賞を拒否するよりもこのように発言する方が、遙かに彼のメッセージが伝わることは間違いない。
★村上春樹エルサレム賞受賞スピーチのニュース(03:13)
★若き日のアダモが岩のドームを想うインシャアラー(04:44)
このことで中東和平が少しでも進むことを期待する、しかし我が愛する日本では、残念ながら政治家は皆危機感に乏しい飲んだくれ^^であり、昔日国家の礎を支えた官僚は、世界的な経済危機にまるで無関心で、自分たちの昔のポスト奪還に大臣まで担ぎ出す始末だ、で景気の牽引車たる財界人はと言えば、幼なじみを使って私腹を肥やしていると疑われている有様である、村上さんのような市井の人の方が、よっぽどしっかりとした政治的メッセージを持って発言している、ある意味困ったものだ。
●↓村上春樹さんのスピーチ内容↓
イスラエルの(パレスチナ自治区)ガザ攻撃では多くの非武装市民を含む1000人以上が命を落とした。受賞に来ることで、圧倒的な軍事力を使う政策を支持する印象を与えかねないと思ったが、欠席して何も言わないより話すことを選んだ。
わたしが小説を書くとき常に心に留めているのは、高くて固い壁と、それにぶつかって壊れる卵のことだ。どちらが正しいか歴史が決めるにしても、わたしは常に卵の側に立つ。壁の側に立つ小説家に何の価値があるだろうか。
高い壁とは戦車だったりロケット弾、白リン弾だったりする。卵は非武装の民間人で、押しつぶされ、撃たれる。
さらに深い意味がある。わたしたち一人一人は卵であり、壊れやすい殻に入った独自の精神を持ち、壁に直面している。壁の名前は、制度である。制度はわたしたちを守るはずのものだが、時に自己増殖してわたしたちを殺し、わたしたちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させる。
壁はあまりに高く、強大に見えてわたしたちは希望を失いがちだ。しかし、わたしたち一人一人は、制度にはない、生きた精神を持っている。制度がわたしたちを利用し、増殖するのを許してはならない。制度がわたしたちをつくったのでなく、わたしたちが制度をつくったのだ。
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