21世紀の日本と昭和の残滓@銀座vs西荻窪
21世紀の日本と昭和の残滓@銀座vs西荻窪...今日は夜の銀座と西荻窪を歩きました、銀座はこれからも変わります、銀座中央通り八丁目のスワロフスキーの松坂屋寄りが工事中で、七丁目のヤマハと東京ガスのビルも建設中です、後者はスウェーデンのH&Mの店舗になるのかな...晴海通りもデビアス近くの並木通り二丁目周辺も工事中...何のショップになるのでしょうか?
《夜の銀座散策Ⅱ》
★中央通銀座八・五丁目交差点~晴海通り~マリオン(10:58)
★マリオン~丸井~プランタン~中央通銀座二・四丁目(10:57)
《昭和50年代の雰囲気を残す街Ⅱ》
★中央線西荻窪の夜・南口散策(03:28)、南口仲通り(02:29)
西荻窪と言えば、親分^^新橋駅西口商店街が様変わりの様相を呈するなか、未だに昭和50年代の雰囲気を醸し出しています、去年の7月に昼間の風景を撮りましたが、やっぱり夜の方がいいですね、こういう文化遺産は保存すべきなのですが...
銀座は昔どういう街だったのか...あまり行ったことがないせいもあり思い出せません、でもファッションの街・表参道を凌ぐ世界のショウルームと化している状況をみる限り、日本はまだまだ期待されているということがわかります、この勢いを絶やさない努力が必要です、日本の政治と官僚が邪魔しないことを祈りますが...
それにしても銀座にはいろんな国籍の人が歩いています、汐留でロシア語らしき話し声が聞こえ、みると西アジアから来たらしき、教育程度が高そうにみえる人たちの集団が、大挙して銀座に向かっていました、春節もとう過ぎ去ったと言うのに、一昨日は松坂屋にあるティファニーショップ前で中国語が聞こえました。
ボクが少し理解できるのは英語とフランス語だけですが、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語そしてもちろんハングル・韓国語などはどこの言葉かは一応わかります、思わず顔をチラっとみるときもあります、大島の団地では何のカーストなのかわかりませんが、額に赤のマークが鮮やかなインド人女性とその旦那様と子供をみかけましたし、不夜城・新宿歌舞伎町に行けば昔からダガログ語の片言は必修科目であります。
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