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May 21, 2007

オルタモントの悲劇から38年

大西さんによるとサージャントペパーが生まれて40年なのだそうだ、ただ40年前と言えばあっしはただただウルサイ単なる餓鬼であったらしい、その後の中学お受験^^当日でも周りの子たちが超緊張しているなか、ギャースカと騒いでいるばかりで、お袋は絶対受からないと信じていたとか...もちろん後年きいた話しで当時の記憶は当然ゼロであるw。

Rolling Stones-Gimme Shelter-Documentary 69(08:32)
Rolling Stones-Under my Thumb from Altamont(06:54)

というわけで、音楽というものに興味を持ったのが、先日の記事に書いたが、ビートルズが既に解散した後の、シャンソンというよりフレンチポップスの先駆け的な存在だった、ミシェル・ポルナレフからである、実は1990年の初来日までローリング・ストーンズにも、本来リアルタイムで聴いているハズの、レッドツェッペリンにもあまり関心がなかった、ひたすらフレンチポップス、クラシック、ジャズを聴いていました。

人気ランキングはどうなっているんだろう?

そんな人間なので、大西さんには申し訳ないが、シャソンと言ってもジャック・ブレルって誰(ケルカン)?ビートルズフー?となるワケであります <(__)>、ということで先日の記事に書いた曲がリアルできいた曲ということになります、で1990年のストーンズ来日から、ストーンズと既にジョン・ボーナムが他界していたレッドツェッペリンに興味を持ち始めるのです(←オソイ)。

クスリでボーカルが亡くなったドアーズの「THE END」という曲が好きなのは、彼らを知っていたワケではなく、コッポラとマーロン・ブランドの映画「地獄の黙示録」のテーマ曲ということで聴いていました、この曲は既に1967年に出来ていますが、映画「地獄の黙示録」は1979年の作品です。

さて本題です、1990年にストーンズのドラムのチャーリー・ワッツと、ベースのビル・ワイマンの2人の演奏に感激したあっしは、彼らのルーツを探し始めます、そこで突き当たったのが、初期のリーダー・ブラアン・ジョーンズの変死とこの記事の主題「オルタモントの悲劇」です。

特に1969年に起こった「オルタモントの悲劇」は衝撃的でした、今まで映像をみたことはありませんでしたが、今日気になりYOUTUBEで「rolling stones altamont」で検索してみました、でこのグーグルでもヤフーでも検索のトップに出てくる文章を読むと、「シンパシー・フォー・ザ・デヴィル」の辺りからかなりおかしくなり「アンダー・マイ・サム」の演奏終了間際に悲劇が起こったようです。

この映像をご覧ください、この4分ごろに緑の服を着た人が、横から警備を担当していたとされるヘルスエンジェルスに羽交い絞めにされる様子が映っています、文章には緑の服の人が銃を持っていたため、裁判で無罪となったと書いてありますが、この映像では既に銃は取り上げられているようです。

まあ、このあたりからバージニア工科大学の悲劇が連想されるワケですが、日本も最近警察が変にやさしいので、勘違いしている人が出てきています、なんかバランスが狂い始めているそういう思いを強くしますが、よくよく調べてみると、全共闘の女のコが機動隊に殴り殺されたとか、三島由紀夫が自害した昔の方が異常だったのかとも思います、どうなんでしょうか?

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