太平洋戦争後のアジア独立の動きについて一言
太平洋戦争後のアジア独立の動きについて一言、右寄りブログさんが日本にとって第二次世界大戦は侵略戦争ではないという論拠に、よくインドネシアの独立戦争の問題を扱います、インドネシアの独立に貢献した日本兵の果敢な姿がみられるというわけです、このアジア各国から見た太平洋戦争6(ベトナム)という記事もその流れのものです
ベトナムの抗仏戦争やインドネシア独立戦争に日本兵の多大な貢献があったことは事実で、戦後の歴史教育が自虐的歴史観の元このことを封印したことは恥ずべきことです、でも、もし日本軍が勝っていたならどうでしょう、日本は大東亜共栄圏の構築を錦の旗にしてインドネシア、ベトナムに侵攻していたはずです
ボクがここで言いたいのは、戦後のアジア各国の独立戦争に参加した日本兵のことを言うならば、太平洋戦争がアメリカに仕掛けられた戦争であること、日中戦争と日韓併合が日本の明らかな侵略目的だったことを理解した上で、その心情を読み解き、語るべきだと言うことです
《追記4》
ところで、「中国の侵攻」も想定 陸自計画判明、北方重視から転換てなことが何で朝日に漏れるの?中国が仮想敵国って当たり前だけどサ...
私見を言えば、彼ら日本兵は死に場所を探していたのだと思います、日本人はアジア人ですからアジアへの愛着はひとしおです、欧米各国がアジアを蹂躙しているのは許せません、なので日本が敗れて目標を失った彼らが参加していったのは、心情的によくわかりますし、当然の行方かなと思います、如何でしょう?
扶桑社の教科書を書かれている西尾さんの歴史の視点をかいたヨーロッパ人の世界進出というコラムはなかなか面白いです、「大航海以前のヨーロッパは遅れており、西アジアを強大なイスラム(オスマントルコ)に支配され東に出て行けなかった、このため新大陸アメリカを目指した」と書かれています
この視点は欧米文明に毒された感のある我々には新鮮です、従来の歴史教科書には書かれていません、ただ、ボクは彼の第二次世界大戦に関わる記述には疑問点大です、アジア解放戦争だったと言うのですが、日本という国が欧米列強の帝国主義に毒され、自らも侵略戦争を行っていた感が強いからです
《追記》
TB、そして貴重な情報ありがとうございます、やっぱり国より人ですね、でも他の記事は何とも言い難いですなぁ、民主党の記事はチト悪趣味かと...こういう人間は自民党にもおります
《追記2》
TBありがとうございます、日本は既に十分に謝罪していると思います、そして「原爆投下は特別に同情されるべきことではないと思う」とのこと、ちょっと信じられない発言です、同情はともかくアメリカが謝罪すべきであることは論を待ちません
《追記3》
コメントありがとうございます、概ね同じご意見と思いますが如何ですか?とにかく相手のことを考えないとアカンなぁと思います、アジア解放戦争は詭弁だと思っています、ただ考えすぎて国益を損ねるのはいけません
あと遠と近で地政学的に取り扱いは違います、遠も掌中に入れば近になります、ベトナムに対しては侵攻という言葉は別にして、さらにプレゼンスを増していたであろうことは想像できます
《追記4》
TBありがとうございます、この10年くらいで歴史教科書が自虐的になっていますか...高圧的なモノにするのもマズイですが自虐的もマズイ、う~ン何か恐ろしいですね
《追記5》
TBありがとうございます、自虐的歴史観もマズイけど、太平洋戦争はアメリカに追い込まれたものではあるが、日中戦争、日韓併合を侵略戦争ではないと断言するのもマズイということをわかってください、要は左右どちらかにぶれないことです
コメントありがとうございます、一生問い続けて行きましょう、そうすれば第三次世界大戦はありません
《朝日の記事》
「中国の侵攻」も想定 陸自計画判明、北方重視から転換
2005年09月26日10時19分
日本有事やテロへの対処など陸上自衛隊の運用構想を定めた「防衛警備計画」に、中国による日本攻撃の想定も含まれていることが分かった。尖閣諸島への侵攻と、中台紛争に伴う在日米軍基地や自衛隊施設への攻撃を挙げている。防衛庁・自衛隊が中国との軍事衝突の対処法を検討していることが明らかになったのは初めて。旧ソ連の侵攻に備える「北方重視」の防衛構想からの転換をうたっている。ただ、日本攻撃については、北朝鮮による攻撃の可能性を「ある」としているのに対し、中国は「小さい」としている。
防衛警備計画は陸上幕僚監部が作成。最高機密の「極秘」指定で、04~08年度の5年間に起こり得る事態を分析し、部隊運用の構想を盛り込んだものだ。これを踏まえて具体的な作戦に関する「事態対処計画」が作られ、さらに全国の部隊配置や有事の際の運用などを定めた「出動整備・防衛招集計画」が年度ごとに作られる。
防衛警備計画では北朝鮮、中国、ロシアを「脅威対象国」と認定。日本攻撃の可能性について、北朝鮮は「ある」、中国は「小さい」、ロシアは「極めて小さい」とし、「国家ではないテロ組織」による不法行為は可能性が「小さい」とされた。
中国については(1)日中関係悪化や尖閣諸島周辺の資源問題が深刻化し、中国軍が同諸島周辺の権益確保を目的に同諸島などに上陸・侵攻(2)台湾の独立宣言などによって中台紛争が起き、介入する米軍を日本が支援したことから中国軍が在日米軍基地や自衛隊施設を攻撃――と想定。中国側が1個旅団規模で離島などに上陸するケースや、弾道ミサイルや航空機による攻撃のほか、都市部へのゲリラ・特殊部隊(約2個大隊)の攻撃も想定している。
自衛隊の対処として、(1)では九州から沖縄本島や石垣島など先島諸島へ陸自の普通科部隊を移動し、上陸を許した場合は海自・空自が対処した後に陸自の掃討によって奪還。(2)では、先島諸島に基幹部隊を事前配置し、状況に応じて九州や四国から部隊を転用する。都市部へのゲリラ攻撃に備えて北海道から部隊を移動させたり、国内の在日米軍や自衛隊基地など重要施設の防護のため特殊作戦群などの派遣準備をしたりする方針も盛り込まれている。
北朝鮮は中国より脅威レベルが高く、経済や米朝関係悪化などが原因で紛争が起きた場合、在日米軍基地と日本の政治や経済の中枢機関を狙った弾道ミサイル攻撃や、2500人規模の武装工作員などによるテロ攻撃がある可能性を指摘。ロシアについては、日ロ関係悪化などを引き金とした弾道ミサイル攻撃や北海道への小規模な着上陸侵攻などを想定している。
こうした事態が複数、同時に起きる可能性も指摘している。
日本攻撃の際は、いずれの場合も在日米軍や米本土からの応援部隊と共同対処する一方、核攻撃の抑止や対処は引き続き米国に期待するとしている。
〈防衛警備計画〉
想定しうる日本攻撃の可能性を分析して自衛隊の運用構想を定めたもので、統合幕僚会議が立案する「統合防衛警備計画」と、これを受けて陸海空の各幕僚監部が策定する「防衛警備計画」がある。今回明らかになったのは陸自による計画。こうした計画については、いずれも最終的に防衛庁長官が承認しているが、その性質上、計画の存在自体が極秘とされている。
The comments to this entry are closed.
Comments
少々突っ込ませていただきます。
>もし日本軍が勝っていたならどうでしょう、日本は大東亜共栄圏の構築を錦の旗にしてインドネシア、ベトナムに侵攻していたはずです
侵攻するも何も、インドネシアには侵攻したから駐留していた訳で、ベトナムにも軍事プレゼンスの為に進駐(フランス軍も武装解除されずにそのまま共存)していましたから、少し文章が変ですよ。
>日中戦争と日韓併合が日本の明らかな侵略目的だったことを理解した上で、
日中戦争(この用語が、日本と中華人民共和国との国交回復後に作られた“新語”である事は意外に知られていませんが)については、「尾崎秀実」という人物の、日本政治に於ける役割を考えれば、単純に“侵略目的だった”とは言えません。
日韓併合も、同じく単純に“侵略”と断言できませんが、理由は後述します。
>日本という国が欧米列強の帝国主義に毒され、自らも侵略戦争を行っていた感が強いからです
こういう言い方もできるでしょう。
「欧米列強に伍して独立を維持するために、欧米列強のルールに従って彼らに「強国」と見做される、認めてもらうため同じ流儀を選ぶ、つまり同じ土俵に上がって勝負せざるを得なかった」。
国家方針としては、欧米列強と同じ帝国主義に向かう。
しかし非欧米人として、国家の運営内容は欧米列強のそれとは、似て非なるものとした。
それが明治以来の日本だったと、私は考えます。
日韓併合は、日本が独立を維持するためには列強に対抗する味方が必要であり、それが一応欧米支配下に無かった朝鮮半島であり大陸だったので彼らをそう育成しようとしたのですが、それはあくまでも日本の都合であり、彼らにとっては「ありがた迷惑」という面もあるでしょう(特に自らの権力さえ安泰ならいい支配層は)。
今日的にはそれが“侵略行為”とされますが、当時の事を今日的な視点のみで見るのが誤りなのは jmseul さんも重々ご承知の事でしょう。
「大東亜戦争がアジア解放戦争だった」というのは、今流行の様になっている言説ですが、国家方針としてはそんなものはなく、あくまでも欧米列強の強い圧力の中で、日本が生きるための選択として勢力圏を確保・拡大しようとしたもので、政府も軍中央にも「東亜解放」を手段でなく目的とした者はそれほどいませんでした。
ただ戦場で実際に戦い、占領後の軍政を行う現地軍にしてみれば味方は多い方がいいですし、同じアジア人としての心情もあって「欧米に対抗する、アジア人としての自立」にベクトルが向かい、ビルマ独立義勇軍となりインド国民軍となり、インドネシアでのムラーユ語(インドネシア語)の急速な普及(朝鮮総督府のハングル教育にも通じる所があります)となった訳です。
最初から「東亜解放」なら、何もフランス植民地政府をそのままにしての「仏印進駐」などせず、ビシー政権崩壊前に仏領インドシナを完全占領して直接軍政を行い、グエン朝を復活させていたでしょう。
物事は、視点を変えて多面的に見ないと、見えているものも見えなくなりますから注意が必要です。
簡単に言説を見て「右翼」「左翼」と断じる昨今にも同じような危険を感じます。
以上、長々と失礼致しました。
Posted by: 非絶対者 | September 25, 2005 01:22 AM
TBありがとうございます。
あの戦争ってなんだったのだろう?と思うことがあります。
マスコミを見ても自虐的な報道。本屋に行っても自虐的な本しか置いてない本屋も多数ある。
あの戦争に対しての問いかけは、これからも続くのかな~なんて思ってしまう。
Posted by: 鷺ノ宮 瑞穂 | September 27, 2005 08:53 AM